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スワヒリ文化の成立~東アフリカ沿岸部で醸成されたスワヒリの世界~



東アフリカ沿岸部で醸成されたスワヒリの世界

東アフリカ沿岸部で醸成されたスワヒリの世界

モンバサのオールドタウンやラム島などを歩くと、鼻筋の通ったアラブ風やインド系の顔立ちの人に多く遭遇します。道端では小さなカップに注がれたアラビアコーヒーを飲みながら、近所のムゼー(老人・長老)たちが、流ちょうなスワヒリ語で世間話に興じ、夕方ともなれば大音量で流れるアザーンの声。そんな時、私は「あぁ、スワヒリの世界だなぁ」と何とも言えない感慨を覚えます。

「スワヒリ」は、岸辺や縁を意味するアラビア語の「サワーヒル」が語源で、それがアフリカのバントゥー語風になまって「スワヒリ」となりました。もともとは、東アフリカ沿岸部を指す地理的な名称でしたが、今ではスワヒリ文化、スワヒリ都市、スワヒリ社会というような使われ方がされています。

東アフリカ沿岸部では、インド洋を吹く季節風を利用して紀元前よりインド洋交易が行われてきました。その後、10世紀ころからインド洋交易がさらに盛んになるにつれて、モガディシュー、ラム島、パテ島、モンバサ、キルワなど、交易港としての立地条件のいい場所にスワヒリ都市が出現、独特の様式をもったスワヒリ文化が醸成されていきます。

スワヒリ文化の基調となっているのがイスラーム。この地域は13世紀くらいまでにイスラームが浸透してきたと考えられています。最も古いモスクが残っているのはパテ島のシャンガ遺跡で8世紀後半に作られたとされています。

イスラームの受容によって、アラビア半島との交流もさらに深まり、アラブ様式の生活習慣が取り入れられ、アラビア半島やペルシア沿岸地域からの移民とスワヒリ都市部の女性の通婚なども増加するようになりました。こうしたアラブやペルシア、さらにはインド洋交易でつながるインドなどとの文化的接触の結果、東アフリカ沿岸のスワヒリ都市では、内部地域とは異なる、きわめてコスモポリタン的な文化が発展しました。

このコーナーでは、こうした独特の世界観に満ちたスワヒリ文化について随時ご紹介していく予定です。

スワヒリ文化の成立
14世紀に建設され17世紀ころから交易地として栄えたラム島。ロバが通るとやっとという細い道が迷路のように入り組む旧市街は世界遺産に指定されています。